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映画から匂いたつ香りシリーズ☆「髪結いの亭主」

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↑Youtubeで映画「髪結いの亭主」のダイジェストをご覧になれます

愛し過ぎてしまう愛情……というのも、ありますね。

「髪結いの亭主」のDVDをみて、
「これは愛し過ぎてしまった愛情についての寓話」
と、私はおもいました。


スクリーンの向こう側から(質の良い)アロマが漂ってくることは、
現在の技術ではまだ無いでしょうが、
あらためて見直してみますと……
香りや嗅覚に関連している映画が意外にあることに、
驚かされます。

今回は、香り、そして深層意識と関連した映画として、
パトリス・ルコント監督の映画「髪結いの亭主」をめぐって、
お伝えさせて下さい。

少年が理容室で、石鹸やコロンの匂いに包まれながら、
シェーファー婦人の柔らかい指で、心地よく洗髪されている……。

すっかりシェーファー婦人に魅惑された少年は、
足繁く理容室に通い、
やがて、髪結いの女性を妻にすることを決心します。

……時を経て、中年になった主人公は、
彼の理想にぴったりな女性マチルドをみつける。
その場で求婚した主人公を、マチルドは受け入れて、
2人だけの世界に没入します。


友達も、子供も、仕事も要らない、
酒も、煙草も、旅行もしない……
大切なのは愛するパートナーだけ、という生活。

これは、美しい寓話でありファンタジーと、私はおもうのです。
寓話であるから「パートナとの愛情だけで完結している状態」を
表現できるわけです。

別な視点からみれば……
多くの人の深層意識に「愛し過ぎるほど、愛してみたい」という願望があるから、
この映画はヒットしたのです。

「できることなら……究極の愛情を体験したい」
ーーそうした願望を、多くの人々は抱えているのですね〜〜。
これも人間の持っている性(さが)、
深遠さの1部と言えるでしょう。

ですが……愛し過ぎる愛情とは、
「死」にも近いことなのです。
嵐の吹きすさぶある日、
マチルダは激しく情愛を主人公と交わした直後、
濁流に身を投げて自死してしまいます。

唐突に感じられるかもしれませんが……
愛し過ぎる愛情は、不可避的に「死」と近く、
ルコント監督は、これをとてもコンパクトに、
まとめた表現にしているのですね。

そして、エンドロールで流れる、マイケル・ナイマンの音楽が優れているのです。
愛する対象を失った主人公の、虚無と狂気の内的世界を、
静謐な音楽がリアルに伝えています。

マイケル・ナイマンの官能性豊かな音楽は、3番目の主人公として、
この映画の全体構造を支えている。
官能性という目にみえないクオリアが、
音楽(聴覚)と身体感覚(主人公の踊る、不思議なアラブ風のダンス!)、
そして記憶と密接につながった嗅覚によって、
映画を見る者の内面に確かに浮上します。

映画は視覚だけではなく、
五感をトータルに活性化するアートであるという事実を、
あらためて学ばされました。

香りや匂い、潜在意識という観点から映画を見直してみますと、
アートや文化の蓄積された重層性を読みとけて、
味わい深く、オモシロイですよ。

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